シェア型ゴーストレストランの「KitchenBASE 中目黒」は4つの厨房に、複数の外食店が同居している

 

 

2020/11/19 2:00
 

デリバリーやテークアウトに特化した飲食店「ゴーストレストラン」が急増している。コロナ禍で大打撃を受けたイートイン(店内飲食)を補う「副業」とみられがちだが、実は外食産業のビジネスモデルを変革する潜在力を秘めている。

2019年6月に開業した東京・目黒の「KitchenBASE 中目黒」は、シェア型のゴーストレストランだ。来店客が食べるスペースはなく、約2坪の厨房が4つ並ぶシンプルな構造となっている。

中華、タコス、海鮮丼、ニューヨーク風の屋台飯など様々な料理がウーバーイーツや出前館などの宅配サービスを通じて送り出されている。ただ、それぞれ別の店舗(ブランド)が提供している。1カ所に、5つのブランドが同居するゆえの「シェア型」だ。

店舗全体を運営するのは外食ベンチャーSENTOEN(セントウエン、東京・千代田)。うち2ブランドは自社で運営し、残りは別の外食店が場所を借りている形だ。キッチンだけでなく、デリバリーの注文を受け付けるための端末の設定、商品撮影、専用ウェブサイトでの収益管理など開業に必要な準備を整え、入居する外食店は料理を作るだけ。最短1カ月で開業できる。

外食業は、廃業が多いことで知られる。16年の経済センサス活動調査によると、90超の全業種のうち、「飲食店」の廃業数は11万5813。2番目の「その他の小売業」(5万3819)をはるかに上回る。コロナウイルス禍でも家賃が重荷になり、閉店するケースが相次ぐ。しかし、キッチンベースなら、イートインを想定した通常の外食店の初期コストが1000万円だとすると、10%ほどの費用で済むという。

山口大介代表は「開業当初はゴーストレストランという言葉自体が外食業界になじんでいなかったが、今は市民権を得た。初期コストが下がれば、参入者が増えて外食業界にイノベーションが起きやすくなる」と話す。20年10月には、東京・新宿に2拠点目となる「KitchenBASE 新宿神楽坂」を開くなど、勢いを増している。

■季節や流行で姿を変える

丸亀製麺を展開するトリドールホールディングスなどが出資する、ゴーストレストラン研究所(東京・港、19年1月設立)はシェア型でなく、自社ブランドを中心に展開する。

西麻布の店舗を拠点に、マーボー豆腐や二日酔い向けの栄養価の高い料理、スンドゥブ専門店など14のブランドを展開する。「地域の台所として、日常の食事をアップデートする」というコンセプトで、メニューを自前で開発してきた。

ゴーストレストラン研究所は複数のブランドを展開する

このように、多くのブランドを1店で展開する「マルチブランド戦略」を採りやすいのが、ゴーストレストランの利点の1つだ。少ない投資で複数のメニューやブランドを生み出し、売上高など手応え次第で打ち手を変えることもできる。

吉見悠紀代表は「季節、流行、地域に応じて業態が変わり得る。この変化のタイムラグを素早く埋められるのが、ゴースト業態。まずは年商1億円、ブランド数は20程度を考えている」と話す。

1カ所から多くのメニューを打ち出す展開力だけでなく、店舗数を増やす拡散力に優れているのも、ゴーストレストランの特徴だ。「究極のブロッコリーと鶏胸肉」は東京・渋谷の本店を手始めに、開業1年ほどで大阪や愛知、宮城、福岡など20店舗超へ勢力を拡大した。

実は本店以外はフランチャイズ(FC)契約したダイニングバーなどが運営している。食材と調理法などのノウハウを提供して、手数料を得るモデルだ。当初は自前で店舗を増やそうとしたが、人員管理、スタッフ育成、衛生管理など高いコストに見合う利益が得られないとみてFCモデルにかじを切ったという。

外食業の経営支援を行うイデア・レコード(東京・新宿)の鈴木豪取締役は、「フランチャイズの本部からすると、新型コロナで需要が減った加盟店にデリバリーという新たな施策を示して、つなぎとめられるという利点がある」と話す。

これまでの事例などを整理すると、ゴーストレストランには以下の形式があることが分かる。

・シェア型キッチンを提供する不動産型

・複数の自社ブランドを自社で展開する直営型

・既存の飲食店にノウハウを提供するフランチャイズ型(副業型)

これら業態の掛け合わせも可能だ。初期コストが安くて身軽かつ展開力・拡散力に優れるゴーストレストランは、新たな外食産業のビジネスモデルを生み出す潜在力がある。ベンチャーだけでなく、ロイヤルホールディングス吉野家ホールディングスなど大手も宅配特化型を模索するゆえんだ。

■バックオフィスにあふれるタブレット

コロナ禍で急速に存在感を増すゴーストレストランだが、課題は配達コストだ。ウーバーイーツなどフードデリバリー業者の手数料は、注文金額の30~40%ほどとされる。利益率が10%程度で優良とされてきた外食店には、宅配手数料を自社で飲み込む力は無く、消費者にとってはどうしても割高になる。

コロナ禍の初期は、目新しさと外出できないというやむを得ない事情で選ばれてきたが、デリバリー参入店は増えている。コンビニエンスストアなどの「中食」も含めた競争は厳しさを増している。また「定番偏重」もある。投資を抑えようと、既存の調理設備や仕入れで始められる揚げ物やカレー、煮込み系を、そのままデリバリーに転用するケースが散見される。これでは低価格競争に陥る懸念がある。

宣伝方法も発展途上だ。代表格のウーバーイーツがデリバリーに対応するのは半径3~3.5キロの距離と言われている。この範囲に効果的に宣伝する方法は、自宅へのポスティングや位置情報を使ったオンライン広告などが想定されるが、十分な費用対効果が得られるかは不透明だ。

現状、複数のフードデリバリー業者を併用するしかなく、「注文を表示する専用タブレットが店舗内にあふれている光景が珍しくなくなった」(外食関係者)。タブレットとレジをつなぐノウハウがない外食店は、タブレットを見てレジに打ち込む「二度手間」を強いられている。ただでさえ人が少なく、忙しい外食業にとって、この負担は軽くない。

グルメサイトについても、各サイト経由の予約状況をそれぞれ管理する手間が従業員の負担になっていた。掲載するグルメサイトの数が多いと、予約数と席在庫(空き席)の管理が「地獄のような作業になる」(別の外食関係者)。予約の管理だけに従業員が張り付き、営業終了後も夜中まで作業する例もあったという。

■「顧客情報が取れない」グルメサイトと重なる問題点

オンラインでの注文が定着すれば、外食はネット通販(EC)のマーケティングに近づくことになる。前出の「究極のブロッコリーと鶏胸肉」を創業した塚本洸介氏は、「『カート落ち』の割合などデータを見ながら、掲載する写真やメニューの改善を考えている」と話す。

ただ、フードデリバリーサービスからは「中間データしか得られず、顧客データは限定的」(イデア・レコードの鈴木取締役)。性別や住んでいる地域、職業など詳細な属性情報は、一度接した顧客を逃さずにリピーターにする工夫に不可欠となる。基礎となる「顧客台帳」がなければ、勘と運に頼るしかない。

これは、食べログやぐるなびなどのグルメサイトと外食店の関係と似ている。顧客データをグルメサイトから十分に取得できず、手数料を支払い続ける依存関係を脱却しようと、自社で運営するメディアやSNS(交流サイト)へ顧客を呼び込もうという動きが、昨今のトレンドだった。

現状は、「従業員に給料を払うには利幅が薄くても、デリバリー業者を使わざるを得ない」(外食経営者)が、状況が落ち着いて外食店が本気でマーケティングに乗り出せば、「脱・フードデリバリー業者」の動きが顕在化する可能性がある。

わずかながら兆候は見え始めている。居酒屋チェーンのワタミが展開する「から揚げの天才」のホームページを見ると、ウーバーイーツよりテークアウトの注文を目立つように表示している。

「から揚げの天才」のホームページはテークアウトの注文を目立つように表示

オンラインテークアウト注文受付システムを提供している、イデア・レコードの鈴木取締役は、「支援先にはグーグルマイビジネス(グーグルマップ)の活用や、適正な価格で提供できるテークアウトへの誘導を勧めている」と話す。

同じ悩みを持つ海外の事例を紹介しよう。11年5月にインドでデリバリー・テークアウト専門店「Sushi and More」を開業し、現在は7店舗を営む小里博栄氏は、「ウーバーイーツを吸収したインドのフードデリバリー大手の『zomato』のアプリではなく、できるだけ自社に直接つながる『order directly』に誘導するようしている」と話す。配達員を自前で抱えるのはコストがかかるが、フードデリバリー業者の手数料は外食店と消費者には大きな負担だからだ。

インドのデリバリー・テークアウト専門店「Sushi and More」は注文ができるだけ自社につながるように顧客を誘導している

コロナ禍で本格的に広がるゴーストレストランは始まったばかりの業態だ。メニュー、宣伝法、配達コストのいずれも課題があり、各社は勝ち筋を模索している最中だ。

ゴーストレストラン研究所の吉見代表は「揚げ物なら原価を抑えられるし、比較的簡単に売れるが、日常食のアップデートをテーマにしているので揚げ物はやらないと自分に制約をかけている」と話す。

SENTOENの山口代表は、「シェアキッチンが広まれば、拠点を移動しながら食事を提供する『旅する料理人』が生まれるかも。食べる側としても、様々な料理が選べて魅力は高まる」と展望を語る。

身軽さを武器に、現状では想像が付かないビジネスモデルを生み出せれば、外食業界も明るい兆しが見えてくる。

(日経ビジネス 鷲尾龍一)

[日経ビジネス電子版2020年11月17日の記事を再構成